
アメリカでの上場といえば、ニューヨーク証券取引所(NYSE)とナスダック(NASDAQ)への上場を真っ先に思い浮かべるのではないでしょうか?
ニューヨーク証券取引所(NYSE)とナスダック(NASDAQ)市場は誰もが憧れる上場市場ですが、その上場達成と維持は取引所・SECによる規制のハードルが非常に高く、毎年、億単位の上場の維持費がかかるデメリットがあります。
海外(自国)で上場している企業の場合、米国市場での二重上場維持の手間やコストとなります。
そのため、米国での監査・開示・報告は本国の内容を、そのまま流用したいと考える企業に最適なのが、OTC市場です。
本記事では、日本ではまだまだ認知度の低いアメリカのOTC市場についてご紹介していきます。OTC市場の概要、上場企業例、上場要件、上場手順を詳しく解説していきます。
> 米国の他の株式市場との比較等はこちらのアメリカ上場の記事をご確認ください。
Contents
OTC (店頭取引) 市場・マーケットとは
OTCとはOver the Counterの略称で店頭取引を指します。OTC市場の大部分はOTC Markets Group が運営している。米国最大級の非上場市場となります。
ニューヨーク証券取引所 (NYSE) やナスダック (NASDAQ) とは異なり、株式の売買の際に取引所を介さず株のやり取りを行います。そのため、OTCは実質は ”市場”ではなく、OTC市場規制に準じた規制の元、マーケットメーカーが相対で取引を行い、その取引された値がSEC-registered Alternative Trading System OTC Link® ATSを通じてOTC取引所に反映・報告される仕組みとなります。また、OTC区分によっては会社の監査報告やSECへの届出が簡素化されている為、売上がなかったり、赤字経営の会社でも登録が可能です。
OTC市場登録企業として、以下が主な目的です。
- ニューヨーク証券取引所 やナスダックへの上場の予備軍的な市場
- 海外企業の米国支社が上場している主軸の市場
- 国際優良企業の米国市場取引先市場
- 中小・ベンチャー・老舗様々なステージの国内外企業の資本市場目的
- 国内外の中小企業が安定して上場を維持する市場
- リバース上場を目的としたシェル会社
上記(2)は、日本のマザーズやジャスダックのような規模の小さい企業の株取引というイメージがありますが、OTC市場には3つの区分けがあり、最もハードルが高いOTCQXには世界優良企業の米国拠点(支社)を上場させるケースも多く存在します。
それでは、OTCにはどのような市場が存在するか詳細をご紹介していきます。
OTCの3つの区分 (OTCQX、OTCQB、OTC Pink)
OTCでも3つの区枠があり、上からOTCQX、OTCQB、OTC Pinkの3つとなります。
OTCQXには、スポーツメーカーの Adidas AG (ADDDF:US)、カナダ最大の航空会社 Air Canada Inc. (ACDVF:US)、フランスの食品大手 Danone ADR (DANOY:US)、オランダのビールメーカー大手 Heinekenの持株会社 Heineken Holdings ADR (HKHHY:US)等の株が取引されています。
一方で、OTC Pink市場となると、例えば、年商1億以下、従業員2名(あるいは0名)の中小企業や個人経営の小企業も多く実在しています。しかしそのような企業でも上場しているという価値だけで、数千万円(数十万ドル)から億単位の価値・値がついているケースもあります。
それでは個別にそれぞれの市場を紹介していきます。
OTCQXとは
OTCQXとは、OTC市場の中ではNASDAQやニューヨーク証券取引所(NYSE)など、国の証券取引所に最も近い取引所と称され、時価総額・株価・純資産・海外上場での規制等々がOTC市場内では最も厳しい位置づけとなります。
上場している企業として、
- 米国の投資家にアクセスしたいと考える国際優良企業、日本企業であれば東証のプライムに上場している優良企業
- IR活動に積極的な米国の非上場企業・地銀
- 優良企業であるが、ニューヨーク証券取引所 (NYSE)、ナスダック (NASDAQ)のような規制を受けなくても有名で出来高・流動性が高く、世界的な企業レーティングが高い企業。監査・上場開示書により株式・債券の発行目的がある。
OTCQXは大きく米国内企業向けと国際枠で分かれ、国際枠中にも、OTCQX International と OTCQX International Premier の2つの区分が存在します。
OTCQX International 上場のための時価総額は$10 million (約13億円)に対して、 OTCQX International Premierは$1 billion以上 (約1,300億円)となり、高い水準が要求されます。
監査の可否: 監査・SECの完全報告書が求められる。
OTCQBとは
OTCQBは主に成長企業や国際優良企業向けの市場です。
主に上場している企業の種類として、
- 規制に見合わず、ナスダック上場を目指さない成長企業
- 再編を目的として、株取引できる場所を維持したい企業
- 時価総額は高いがOTC上場に関する規制を低く保ちたい企業
監査の可否: 監査・SECの完全報告書が求められる。
OTC Pink (Pink Market / Pink Sheets)とは
OTC PinkはOTC内で最も規制が低い(上場)区分け市場となります。
所謂Penny Stock($1以下の価格帯)とも呼ばれ、公開企業では株価・時価総額が最も低い部類の企業である。
常に3−4千社程度がOTC Pink 企業として登録をしている。値がつかない、出来高がない企業から数千億の時価総額の企業が存在する市場です。
細かい規定はあるものの、SECに準ずる報告書を申告さえしていれば原則取引は維持されるため、上場のハードルが一番低い区分けとなります。
監査の可否: 監査は不要・SECの報告書は簡素化された内容
OTCQXにはAdidasなど、世界的な有名な企業が上場している
OTC市場に上場・登録している国内外の有名企業7選
OTC市場に上場している国内外の企業の例を7つご紹介します。
日本はもちろん、海外の有名な企業もOTC市場に上場していることがわかります。
1. SONY Group Corporation (SNEJF)
企業の概要・事業概要: | オーディオ、ビデオ、通信機器メーカー、参加にはコロンビア音楽、ソニー・ピクチャーズ映画配給会社を保有 |
国 | 日本 |
主要なブランド: | SONY, Columbia Music, SONY Pictures |
売上規模: | $US 10 Billion(2022年3月期) |
時価総額: | 約$US 107 Billion (2022年8月) |
2. Keyence Corp. (KYCCF)
企業の概要・事業概要: | センサー、計測器、レーザーマーカー、 工場オートメーション機器製造 |
国 | 日本 |
主要なブランド: | Keyence |
売上規模: | 5,380億円 (2022年3月期) |
時価総額: | 約$US 100 Billion (2022年8月) |
3. SoftBank Group Corporation (SFTBF)
企業の概要・事業概要: | 携帯・通信・投資 |
国 | 日本 |
主要なブランド: | Softbank, Softbank Vision Fund |
売上規模: | 5,6兆円 (2021年3月期) |
時価総額: | 約$US 63 Billion (2022年8月) |
4. Adidas AG (ADDDF)
企業の概要・事業概要: | スポーツウェア・ライフスタイル品の製造販売、卸 |
国 | ドイツ |
主要なブランド: | ADIDAS |
売上規模: | EUR 21 Billion (2021年12月期) |
時価総額: | 約$US 32 Billion (2022年8月) |
5. Air Canada Inc. (ACDVF)
企業の概要・事業概要: | カナダで最大規模の航空会社。別名カナダ航空。 |
国 | カナダ |
売上規模: | $CA 6.4 Billion (2021年12月期) |
時価総額: | 約$US 5 Billion (2022年8月) |
6. Danone ADR (DANOY)
企業の概要・事業概要: | ダノンヨーグルトをはじめ、ミネラルウォーター、シリアル食品やビスケットなどの製品の製造・販売。 |
国 | フランス |
売上規模: | EUR 24.2 Billion (2021年12月期) |
時価総額: | 約$US 35 Billion(2022年8月) |
7. Heineken Holdings ADR (HKHHY)
企業の概要・事業概要: | ハイネケンビールやアムステルビールの持株会社 |
国 | オランダ |
売上規模: | EUR 19.7 Billion (2021年12月期) |
時価総額: | 約$US 22 Billion (2022年8月) |
OTC市場への上場メリットと活用例
OTC市場は企業戦略が明確且つ、資本市場戦略次第ではNYSEやNASDAQより有意義な登録取引所と言えます。大手2取引のような規制や勧告を受ける事なく資本施策をこなせる優位点があります。OTCでの登録・維持費用はNYSE/NASDAQと比較し圧倒的に抑えられます。
それでは具体的にはどういう活用のされ方をしているのか、代表的なものを3つご紹介していきます。
OTC市場上場の活用用途例 #1 – 日本企業の米国市場の上場先
日本企業(日本での上場有無に関わらず)が米国資本市場へアクセスする際に最も手間・コストがかからない方法です。
本業を米国で説得ができるかという課題をクリアすれば、日本で売上・利益を100%稼いでいる企業でも登録が可能な為に、東証での上場を却下された、あるいは目的としない企業に向いています。
他にもNYSEやNASDQでの上場目的がなく、新規増資、債券発行等目的の企業レーティング・審査の優位性・利便性等、米国で(日本を含めた)企業情報の公的開示が必要なケースにも利用されます。
OTC市場上場の活用用途例 #2 – リバースマージャーによる上場
中小企業のリバース上場の目的での活用。
SPACではなく、既にOTC登録企業とM&Aを行うことで上場が簡素化して可能となります。
OTC市場にはリバースマージャー上場に適している企業が多く存在しており、上場登録を初期から手続きをする手間、上場時のIR/ロードショーの手間が省けます。
しかし、それ故上場後しっかりとしたIR、株価の戦略を持っての上場戦略が必要ではあります。規模次第ですが、最短で半年程度でのOTC登録も可能。
OTC市場上場の活用用途例 #3 – 起業初期から資金調達・債券発行
起業する際に、事業類似や単純にPAPER企業を買取り、初期より上場企業として成長・資金調達、債券発行する手法が出来うる。上場維持の手間と費用を最低限に抑えられる。
OTC市場への上場デメリット
OTC市場は上場しやすい一方でデメリットもあります。代表的なものは下記の3つとなります。
OTC市場上場のデメリット #1 – 名声・認知度が低い
NYSEやNASDAQに比べ、名声が低く受け止められる傾向がある。
米国でNASDAQに上場している。と言うだけで名声があるように見受けられる。実際にOTCはに取引所に比べ、規制は緩い傾向にある。
OTC市場上場のデメリット #2 – 時価総額が低いと流動性も低い
出来高、株式取引の流動性が低い傾向にある事。
上場企業数も多い事から、多種の企業が登録されているが時価総額が低い企業の取引流動性は低い。
OTC市場上場のデメリット #3 – 監査されていない企業が多く、M&Aの際は注意
OTC PINK登録企業は監査がされていない企業が多いために、株式投資目的はリスクが伴う。企業M&A目的の際は監査の準備が必要となる。
OTC市場を活用すれば創業初期の資金調達を有利に進めることができる
OTC市場の上場要件
ここからはOTC市場への上場要件をご紹介していきます。
本セクションでは、その中でも主に財務・流動性の要件に絞ってご紹介していきます。
実際にはこれに加えて、決算書の監査義務、SECへの申告規定、社外取締役規定 等の条件があります。コーポレート・ガバナンス・情報開示要件等の詳細を知りたい方は弊社にお問い合わせ頂くか、OTCQX International、OTCQB、OTC Pinkの各ページをご参照ください
OTCQX Internationalの財務・流動性条件
まずはOTC市場で最も上場のハードルが高いOTCQXの国際企業向けの OTCQX Internationalの財務・流動性要件をご紹介します。
ペニーストックの要件 | 次の1-3のいずれかを満たすこと
|
最低入札価格 | $0.25 |
世界全体の時価総額 (Global Market Capitalization) |
$10 million (約13億円) (※これまで公開市場で証券が取引されていない場合はOTC Markets Groupの判断で免除されることもある。) |
株主 | 100株以上所有する株主が 50名・社以上 |
OTCQX Internationalの中の上位カテゴリにあたる、OTCQX International Premierでは時価総額要件が$1 billionになる点、会社の事業継続年数 (5年以上)等が要件に追加されます。
OTCQBの財務・流動性条件
次にOTCQBの財務・流動性要件を見ていきます。
時価総額や資産・売上要件がなく、OTCQXよりも上場要件が低いことがわかります。
最低入札価格 | $0.01 |
浮動株の割合 | 発行済み株式の10% |
株主 | 100株以上所有する株主が50名・社 以上 |
OTC Pinkの財務・流動性条件
OTC Pinkの場合は、OTCQXとOTCQBのような財務・流動性要件はなく、レポーティングの要件のみとなります。
※上場要件や手順は随時変更されます。上場検討されている方は一度お問い合わせをお願いします。
OTC市場の上場手順 (例: OTCQX)
本セクションではOTC市場への上場手順を紹介していきます。
ここでは一例として、一番手順が多いOTCQXを例にご紹介していきます。
※上場要件や手順は随時変更されます。上場検討されている方は一度お問い合わせをお願いします。
手順 #1. OTCQXスポンサーを立てる
OTCQXに上場する際、OTC Markets Groupにより承認された OTCQXスポンサーを立てる必要があります。OTCQXスポンサーとして認められた組織のリストはこちらで確認が可能です。
OTCQXスポンサーの選択要件は以下の場合は例外的に免除されます。
- Qualified Foreign Exchange (適格外国証券取引所) で取引されている、またはSECにレポーティングを行っており、少なくとも1年間上場されている証券のクラスを持つ会社は、OTCQXスポンサーを選ぶ要件を免除される場合がある。この免除を認められた会社は、外部の証券顧問から紹介状 (Letter of Introduction) を提出しなければなりません。
- ニューヨーク証券取引所 (NYSE)、Nasdaqなどの国の証券取引所から上場廃止された直後にOTCQXへの上場を申請し、上場廃止時に取引所とGood Standingな状態である場合、OTCQXスポンサーの選択の要件や紹介状 (Letter of Introduction)提出を免除される場合があります。
- ニューヨーク証券取引所 (NYSE)、Nasdaqなどの国の証券取引所に上場しており、OTCQXにて別のクラスの証券の申込をする場合、OTCQXスポンサーの選択の要件や紹介状 (Letter of Introduction)提出を免除される場合があります。
- 現在OTCQB市場で見積もられている証券のクラスを持ち、OTCQB基準に対して、Good Standingな状態である場合、スポンサー選択の要件や紹介状 (Letter of Introduction)提出を免除される場合があります。
これらの免除条件に該当する場合、書面にてOTC Markets Groupに申請する必要があるので注意が必要です。
手順 #2. 株の評価額を取得する
株の評価額が存在しない場合、OTC Markets Groupのレビュー (Initial Review)を受けるか、証券会社の査定を元に、FINRAのForm211を提出して評価額を取得する必要があります。
既に、OTCQXスポンサーが決まっている場合は、FINRAのForm211の作成・提出のサポートを受けることができます。
手順 #3. 申込書等、必要書類の提出と申請費用の支払い
OTCQXの申請プロセスを開始するにあたり、こちらの ”OTCQX International Application” (Wordの申請書) を提出します。OTCQXApplications@otcmarkets.com もしくは OTC Markets Group Inc., 100 M Street SE, Suite #220, Washington, DC 20003 に送付します。
申請時には申請料 $5,000を支払い、申請を開始し、OTC Markets Groupに以下の追加書類を提出します。
- OTCQX Company Agreement
- Background Check Authorization Form
- Current shareholder list from the company’s transfer agent
- Company logo in high resolution
上記に加えて、株の5%以上を保有する取締役やオーナーの個人情報の提出が求めれられることがあります。
手順 #4. 情報開示基準への準拠
OTCQXへの上場までに、以下いずれかの情報開示基準を満たす必要があります。
- SEC Reporting Standard
- Regulation A Standard
上記いずれも該当しない場合は、OTCIQ Webポータル “OTC Disclosure & News Service” を通じて直近の3年分の年次報告書とその後の中間財務報告書、その他の重要な情報を提出する必要があります。
手順 #5. OTCIQ.comから掲載情報の確認と年会費の支払い
プロセスが進むと、OTCIQ.comのアクセスが付与されます。
OTCIQ.comから、役員、取締役、内部関係者、発行済みの株式、事業内容、連絡先情報等の会社情報の確認を行います。
その後、年会費 約$24,000(2022年8月時)を支払います。
手順 #6. OTCQXスポンサーを通じて紹介状の提出
手順 #1のOTCQXスポンサー (もしくは外部の証券顧問)を通じて、紹介状 (Letter of Introduction)を提出し、審査を待ちます。必要に応じて追加書類を求められることもあります。
審査の結果は、申請者とOTCQXスポンサー (もしくは外部の証券顧問)に書面にて通知され、無事審査が通れば、OTCQXクラスにて株の取引が開始されます。
まとめ
本記事では、日本ではまだまだ認知度の低いアメリカのOTC市場についてご紹介しました。
OTC市場はNYSEやナスダックのような規制や勧告を受ける事なく資本政策をこなすことができ、登録・維持費用もNYSEやナスダックと比較し圧倒的に抑えられます。