アメリカでの株式市場での上場を検討する際に、SPAC (スパック)を経由した上場が注目されています。

SPAC Analysisのデータによると、2003年から2022年の9月時点での、アメリカでSPACを通じて上場を果たした企業数は1000社を超えます。企業のSPAC経由での調達額も過去最高額を付けています。

しかし、SPAC上場を検討する際は最善の注意が必要です。

SPAC会社自体や実務企業の上場スピードが早いというメリットがあるがゆえに、事業価値、時期、市況、売買受給を見誤れば株価が暴落するリスクは大いにありえます。昨今の時流(2022年・2021年度)に乗ったSPAC上場は殆どのケースでそのような事態に陥っています。

そこで、本記事ではSPAC上場で失敗しないよう、SPACの全容を改めておさらいしていきます。「そもそもSPAC(スパック)とは何か?」という基本的な内容から、企業側の「メリット・デメリット」、「SPAC上場のポイント」、そして上場企業の例をご紹介していきます。

これからSPAC上場を検討されている方はぜひご一読ください。

> アメリカでの他の上場方法との比較等はこちらのアメリカ上場の記事をご確認ください。

Contents

SPAC (スパック)とは?

SPAC (スパック)とは、Special Purpose Acquisition Companyの略で「特別買収目的会社」のことを指します。

その名前の通り、企業買収を目的にした会社として、上場を検討している企業を買収・合併し、SPAC(スパック) を使って上場させることが目的になります。

買収先の実務企業を「ターゲット企業 (Target Company)」と呼び、基本的には非上場の将来性の高い企業を買収することが一般的。またSPACを設立する主体を「スポンサー (Sponsor)」と呼び、資金力のある投資家(Hedge Fund, Private Equity, Venture Capital, 投資運用者)や社会的な信用のある経営者や著名人であることが多く、自己資本を投じてSPACを設立、上場させる役割を担います。

ターゲット企業はスポンサーと合併することで、上場することができ、従来の煩雑なIPOプロセスを経ることなく上場することが可能になります。

アメリカのSPACの上場数が613件を記録した過去ピークの2021年と比較すると、2022年は少し減速気味ではありますが、全体の中でSPAC上場が占める割合は2018年以降上昇傾向にあります。(2022年は9月時点だと全体の75%がSPAC上場)

年度 SPAC IPOs US IPOs SPAC%
2022 74 99 75%
2021 613 968 63%
2020 248 450 55%
2019 59 213 28%
2018 46 225 20%
2017 34 189 18%
2016 13 111 12%

参照: SPAC Analytics

SPACでの上場は通常のIPOをプロセスを経ないため、日本では「裏口上場」等とも称されることはあります。

それではSPAC上場の仕組みとはどのようなものでしょうか?

SPAC (スパック)の仕組み・スキームを解説

SPACの一連の流れを簡単に説明すると、以下の流れとなります。

  1. 「スポンサー」が自己資本でSPACを設立後、株式市場に新規上場 (IPO)を行い、一般投資家から出資を募る。
  2. 上場後資金調達が終わると、非上場のターゲット企業の探索・交渉を行い、買収・合併先企業を決定する。#1の段階で既にターゲット企業が決まっているケースも多い。
  3. 合併を実施後、SPACは「ターゲット企業」の名義に変更され、「ターゲット企業」の上場が完了。このプロセスをDeSPAC (デ・スパック)と呼ぶ。

 

上記、#1の上場時点では、具体的にどの企業を買収するかは公開されておらず、SPACに投資する投資家はほとんどの情報を得ることができません。そのため、Blank Check Company (買収の金額のみ許可し、宛名が白紙である事からそのような通称名となった)とも言われ、SPACを設立する「スポンサー」の社会的な信用が重要になります。数十万ドルから数$m、$bnを超える規模のSPACが上場をしています。


そもそもスポンサーに社会的な信用がないとSPACにお金が集まらない

SPAC (スパック)の主な規制・ルール

前述の通り、SPAC (スパック)に投資する投資家にとっては、投資時点で詳細情報を得ることができず、ハイリスクになります。そこを保護するために、SPACの設立主体「スポンサー」を規制する様々なルールがあります。主は次の通りとなります。

  1. SPAC(スパック)のIPO完了から2年以内に買収を完了(※延長申出可)
  2. 買収先企業 (ターゲット企業)の企業価値がSPAC調達額の8割以上
  3. 買収をするためには一定数以上の株主による同意が必要
  4. 買収に失敗した場合、利息をつけた上で株の償還(=資金を返還)をする
  5. 買収が成功しても、買収に合意しなかった投資家には利息をつけた上で株が償還される

 

これらの規制により、最終的にSPAC投資家は株の償還を受けることができるので、SPAC投資家は事実上投資額に対して低率のリスクで投資を行なうことができます。

一方、SPACの運営主体「スポンサー」には様々な制限が課されることになります。

特に、調達金額の8割以上を占める企業を探し、SPAC投資家が納得する形で、2年以内に買収を完了させる必要がある為、難易度が高くなります。

さらに、未上場のターゲット企業を相手にするため、監査上場もなく、簿外負債、コンプライアンス、技術の虚偽記載等々のレビュー、調査が重要となります。

SPAC (スパック)上場のメリット

メリット #1 – 上場スピードが圧倒的に早い

上場した投資企業SPACが買収企業(実務企業)とで同意を得られれば、実務企業は早々にれっきとした上場企業となり、長期に渡るIPO庶務を経ずして上場が可能となります。

メリット #2 – 資金調達

SPACに吸収合併される買収企業(実務企業)は上場する上で、莫大なキャッシュを同時に調達することができます。

メリット #3 – 難関の株主数の確保ができる

企業が上場をする際の難関は、”株主数”であることが多くあります。SPACに既に必要な株主数が揃い、元々IPOの戦略があればIPOと同様のメリットを効果的に活用することができます。

SPAC (スパック)のデメリットとリスク

デメリット・リスク #1 – 投資家がアクティビストになるリスク

SPAC出資者とSPAC運営者主体の上場手法であるが故に、買収される実務企業は投資家がアクティビスト的な存在になりかねないというリスクは注意すべきです。

デメリット・リスク #2 – 株の大量売却による株価暴落リスク

SPACに買収される実務企業は買収前の企業評価価値を元にSPACに吸収合併されます。上場後初期の投資家が株式を大量売却することで株価が暴落するリスクがあります。

デメリット・リスク #3 – 実効支配の低下リスク

SPACに買収される実務企業の株主の保有比率がどの程度、上場吸収合併後の割合を保有するかに注意が必要です。比率が下がることによって、実務支配力が無くならないようにしなければなりません。


上場直後に株価が暴落しないよう、上場後を見据えた戦略が重要。

なぜSPAC (スパック)が注目されたり、不人気となる時期があるのか?歴史から解説

SPAC (スパック)自体の歴史は古く、1993年にさかのぼります。
当時は Blank Check Company (白紙の会社)は例外として認められることになりました。

SPACができた当初は規制が甘く、悪用されることも多々ありました。

しかし、SPAC (スパック)上場の数が増えるに従って、SECの方で、SPACが悪用されないよう、規制を強化し今では立派な上場手段の一つとなりました。

  • ゴールドマン・サックスは2015年以前はSPACに対して、参加に否定的だったが、今ではSPACの引受を行う証券会社の主要プレイヤーになっている。
  • 2017年から老舗のニューヨーク証券取引所 (NYSE)にてSPAC企業の上場を認可。それ以降数は増え続け、2020年上場企業数でSPACがトップとなった。

 

ナスダックニューヨーク証券取引所 (NYSE)のSPACの上場数を見ると、特に2020年以降に大きく上昇していることがわかります。

ナスダックへの上場数 NYSEへの上場数
2019 43 16
2020 131 116
2021 432 181
2022 (※) 57 11

※2022年は6月までの値。White & Case US SPACs Data Hub参照。

それでは、なぜSPACの上場数が増えたのでしょうか?

なぜSPACは今、注目されるのか?

ここからはSPACがなぜ注目されているか、その理由をご紹介していきます。

1. 景気と市況

SPACは市場に資金が贅沢にある状況、景気が良い、年金・運用資金が贅沢にある時期に目立ちます。何の会社を買収するかも知らされていない、出資社が数$mから数$bnの資金を提供するわけです。

金利が低い時期(FFレート銀行間貸出金利が2%以下)が大半。ユニコーン系・新興企業がターゲットになる場合。老舗企業がターゲットの場合は、安定・投資歴も顕著な出資によるSPACが目立ちます。

2. 通常のIPOプロセスを経た上場数が減少傾向

経済状況が不安定、あるいは先行き不透明になるに従い、通常のIPOプロセスを経て上場する企業数は減ります。市場にある資金は滞り、キャッシュは安定した債権や投資信託に回りやすくなります。また、従来のIPOにかかるコスト (準備コスト、証券会社への手数料など)と時間が膨大な点、証券会社の株価の値付けが安すぎる点 (※)も挙げられます。

※通常のIPOのプロセスの場合、値付けをするのは引受先の証券会社。この金額を安く設定することで証券会社のクライアントの機関投資家が得をして、創業者や従業員、初期の投資家が損をする問題が指摘されている。

従来のIPOの問題を解消する代替手段として、SPACが注目されるようになった傾向が挙げられます。

3.セレブ・実業家などの著名人の関与

Jay-Z (ミュージシャン)、Shaquille O’Neal (元NBA選手)をはじめ、元アメリカ大統領の Donald Trump等、各界の有名人や著名人がSPAC設立に関与したことも、注目度が集まった一つの要因です。

4. SECの規制強化

SPACの台頭により、SEC側も規制強化を続けており、より投資家が投資しやすい環境の整備も一つの要因です。

例えば、SPACのスポンサーが魅力のない企業を買収し、早期に売抜けをして利益を得るという悪用のされ方を防止するために、スポンサーの株は買収完了の1年後まで売却できないロックアップ制限が課される等、随時規制が追加されています。

最近のニュースだと、EVのトラックメーカー Nikolaが公開していた業績見通し・成長戦略の内容が不適切だとして、$125 Millionの罰金を支払うことになりました。

これにより、これまで規制されていなかったSPACの業績予想開示にメスが入りました。このように、SPACが悪用がされないようにSECが適宜規制強化をしています。


SECの規制により、SPACの投資環境が改善されている

SPACの世界的な動き

近年のSPAC(スパック)の盛り上がりを見せて、アメリカ以外の各国もSPAC解禁に向けて動いています。

SPACに関する動向
アメリカ 1993年にスタート。2017年にニューヨーク証券取引所 (NYSE)がSPAC上場を解禁。
カナダ トロント証券取引所 (TSX)が2008年12月19日に正式にSPAC上場を認可。2015年に初めてSPACがカナダの株式市場に上場。
イギリス 2021年にSPAC上場しやすくするよう新ルールを策定
シンガポール 2021年にSPAC上場を解禁

世界の動きを受けて、日本でも2021年6月からSPAC解禁の議論をスタート。

日本版のSPACのあるべき姿が検討されており、今後の動きが注目されます。

SPAC上場企業・事例一覧

ここからは具体的にSPACを使って上場した企業の例をご紹介していきます。

1. Grab (NASDAQ: GRAB)

Grabは東南アジアを中心に配車サービスとフードデリバリーサービスを行うスタートアップ。当時の評価額は$40 Billionで、上場時点ではSPACで最大規模の上場ということで話題になった。SPACのスポンサーはAltimeter Growth Corp。

2. WeWork (NYSE: WE)

世界的に有名なコワーキングスペースのサプライヤー。現在はソフトバンクとの合弁会社。

2021年10月21日にBowX Acquisition Corp.と合併することで、ニューヨーク証券取引所にSPAC上場を行った。

CEOのAdam Neumannの不祥事等が起因し、上場時の評価額は$9 Billionで、ソフトバンクGの評価額$47 Billionよりも遥かに低い評価額となった。

3. 23ndMe (Nasdaq: ME)

アメリカのカリフォルニア州に拠点を置く、個人の遺伝子解析を行うバイオテック企業。

将来の病気のリスクや先祖に関する情報がわかる遺伝子キットを提供している。

SPACの VG Acquisition Corpとの合併にて、2021年6月17日にナスダックに上場。

4. Draft Kings (NASDAQ: DKNG)

全米でブームを巻き起こしているスポーツ賭博の最大手。

2020年の4月24日にナスダックに上場。SPACスポンサーはDiamond Eagle Acquisition

5. Luminar (NASDAQ: LAZR)

自動運転技術の目の部分にあたるセンサー技術の開発。日本関連企業では、トヨタの子会社や日産などとも提携している。2020年12月3日にナスダックに上場。Gores Metropoulos Inc.がSPACスポンサー。

SPAC(スパック)上場と日本企業

SPAC上場をしているのは米国企業だけではありません。次に、SPAC上場をした日本企業をご紹介していきます。

1. ソフトバンクG

ソフトバンクGでは、米ウォルマートなどの小売業者に向けて、倉庫の自動化技術の開発を行っている Symbotic Inc等の買収をはじめ、様々な企業のSPAC上場をスポンサーとして行っています。

2. コインチェック (NASDAQ: CNCK)

マネックスグループの傘下で仮想通貨の取引所を運営している企業。

仮想通貨の中心地であるアメリカでの資金調達を見越して、2022年中にSPACでのナスダック上場を予定している。 (※2022年8月時点)。

3. Dr. Foods Inc.(OTCMKTS: DRFS)

ネクストミーツの子会社で、培養肉、代替食品の研究・製造・販売を行う企業。既存のSPACを買収し、2021年10月15日にアメリカのOTC市場に上場

SPAC(スパック)上場成功のポイント

本記事の最後にSPAC上場のポイントをご紹介していきます。

ポイント#1 – 上場後を見据えた戦略が必要

SPAC自体は資金調達さえできれば、誰でも上場は可能です。

しかし、投資経験と実績がなければ安定株主を集めるのは非常に困難です。経験が無い・少ないチームの場合、短期的なリターンを求める投機家が集まっているケースが多くみられます。その場合、多くの事例で上場後一年以内に株価の暴落・流動性の枯渇が起きる傾向があります。

安定株主と売買の流動性を担保して初めて上場の意味があります。

上場の目的が「上場する事」になっているケースが殆どです。上場後の維持戦略が鍵を握ります。

ポイント#2 – 投資家との株保有比率を注視

SPACと買収をする実体会社との取り決め、株式の保有比率はとても重要です。

オリジナルのSPAC出資者は通常投資家です。その投資家と買収をする実体会社の株主との力関係が重要です。

ポイント#3 – 専門チームの立上げ + 経験のあるコンサルタントの起用

SPAC上場の仕組みは、絵に描いたスキームであることが多いのが現状です。

SPAC上場の成功には、非常に経験則と知識を要します。SPACの概念は簡単ですが、実行し結果を出すにはプロのチームが必要で、上場後のIR計画等は必須です。理論だけのSPAC上場案では必ずと言って良い程、上場後株価は暴落しますの注意が必要です。

そのため実務を兼任しないコンサルタントの起用は避けてください。実際にSPACを施工するチームが必要で費用も重なります。

例えば、上場時に自社が必要な資金を調達する事と、資金がある企業と単純に合併することでは財務上同じでも事業経営の哲学に亀裂が入るケースが多くあります。

事業の本質が揺るがないスキームであることが重要です。

ポイント#4 – 背景を理解し、誰と組むべきかを見極める

SPACは市場に資金が潤沢に出回っている景気下で多く発生する傾向があります。国債、社債、投資信託等以上の利回りリスクを狙う市場プレーヤーが多く集まる時期です。

米国内のSPACのスポンサー資金の根源が年金である事も留意しておくべきポイントです。

年金はファンド運用企業、Private Equity,  ベンチャーキャピタル等々に委託運用される為、この様なプレーヤーの投資判断でSPACの景気判断が左右されがちである事を念頭に置く必要があります。

彼らは投資リターンが10−25%以上を確約ができれば、大成功です。
一方、通常のIPOでは10−100倍以上のリターンがあります。

SPACの仕組みで上場を目指すケースは、この様な背景を見極め、誰と・どのようなスキームで上場をするかが重要で、上場・資金だけに惑わされない点が重要です。

まとめとSPACの今後

本記事ではSPAC上場の全容をご紹介してきました。

コロナ景気回復期の今、世界がインフレと景気後退に見舞われています。日本を除く世界の主要先進国は金利の引き上げに走っており、恐らく2023年に向け続くトレンドでしょう。故にSPACにとっては逆風が目先1−2年は続くと見たほうが良いです。

2022年、2023年にSPACで上場した企業の殆どの株価は下がっています。暴落した企業も多くいます。5-10年上場企業として存続しても、その程度の期間は初期出資資金は取り戻せないでしょう。

今後、金利引き締めの修練が見え、どの様な状況とスピードで景気が回復出来るのか見通しがたてば、SPAC上場の賑わいが再来すると言えましょう。

アメリカでのSPAC上場についてご不明な点がある場合は、ぜひお問い合わせください。